ステップファミリーとして暮らす中で、なんだかずっと苦しい、モヤモヤが消えないと感じることはありませんか。
家族の何気ない一言に強く傷ついたり、自分が我慢すれば丸く収まると思って気持ちを押し込めてしまったり。気づかないうちに、出来事と感情、自分への評価が絡み合い、心が整理できない状態になっていることも少なくありません。
こうした状態が続くと、話し合いや前向きな行動を取ることも難しくなってしまいます。だからこそ、まず必要なのは「正しい対応」を探すことではなく、自分の気持ちや状況を丁寧に整理し、気がつくことです。

確かに、モジャ夫がイライラしていたり、子どもが元気がなかっただけで「自分の関わり方」がうまくいっていないんだわ・・と勝手に苦しんでるときあるわ。

あるある。僕は自分の不安や苛立ちを言葉にするの難しいとき多いよ。そう感じている自分を「覚悟していたくせになさけないやつ」って責めてしまうことも。
苦しさを感じるのは当然のこと
ステップファミリーで苦しさを感じるのは、決して心が弱いからでも、覚悟が足りないからでもありません。
血のつながりのある家族であっても、子育てや夫婦関係に悩むことはあります。そこに、これまで別々の環境で過ごしてきた大人と子どもが集まり、新しい関係を築こうとするのですから、うまくいかないと感じる場面があっても不思議ではありません。
そもそも、人と人が関わるとき、育ってきた環境がまったく同じでそれぞれの考え方や価値観、ということはほとんどありません。
そのためステップファミリーに関わらず、どんな関係であっても、すれ違いや違和感、ちいさな摩擦が生まれることは避けられないものです。
それは、誰かが悪いから起こるわけでも、努力や覚悟が足りないから生じるわけでもありません。
それぞれが異なる背景を持った「個人」として関わり合っている以上、ごく自然に起こる現象だと言えます。
大切なのは、摩擦が生まれ、苦しさを感じていること自体を問題にするのではなく、
「人と人が関われば、考え方や価値観の違いから摩擦が生じることは自然なことだ」という前提を持つことです。それは特別なことではなく当然のことだからです。
「悪いのは誰か」を探してしまう理由
ステップファミリーに限らず、家族関係などの人間関係で苦しさを感じたとき、私たちは無意識のうちに「悪いのは誰か」を探してしまいがちです。

私はどちらかというと、自分が悪かったと思いがち

僕はどちらかというと、相手が悪かったと責めがちかも・・・
それは、誰かを裁きたいからというよりも、「この苦しさに理由をつけたい」「モヤモヤする気持ちをどうにか理解できる形にしたい」という心の働きに近いものかもしれません。
自分を責めやすい人は、「私の関わり方が悪かったのかな」「もっと頑張ればよかったのかも」と、原因を自分の内側に探します。一方で、相手を責めやすい人は、「あの人の態度が問題だ」「分かってくれない相手が悪い」と、原因を外に向けます。
表れ方は違っても、どちらも根底にあるのは「拒否されたらどうしよう」「この関係が壊れたらどうしよう」という不安や、抱えきれないストレスです。
つまり、「悪い誰か」を探してしまう行動そのものが、心が限界に近づいているサインとも言えます。責める方向が自分であっても相手であっても、その奥には「本当は分かってほしい」「安心したい」という気持ちが隠れていることが少なくありません。
問題は「悪い誰か」ではなく「自分の家族の構造」
「誰が悪いのか」という視点に立ち続けている限り、問題は個人の性格や努力不足にすり替えられてしまいます。
この状態では、家族の関係性や構造そのものに目を向けることが難しく、結局は同じ行き詰まりを繰り返しやすくなります。
課題を解決するために必要なのは、責任の所在を探し続けることではありません。
まずはその視点から一度離れ、自分自身が今どんな気持ちを抱えているのかを整理すること。そこが、関係を立て直していくための出発点になります。
なぜなら、多くの場合、問題の正体は特定の誰かの性格や努力不足ではなく、家族の成り立ちや関係性の構造そのものにあるからです。
ステップファミリーでは、
・親子として過ごしてきた時間の長さ
・役割や立場の違い
・安心できる距離感がまだ定まっていないこと
などが重なりやすく、同じ出来事でも受け取り方に大きなズレが生じます。
そのズレがある状態で日常が進むと、誤解やすれ違いが起きやすくなり、誰かが傷ついたり、誰かが責められる形になりやすいのです。
けれどそれは、「誰かが悪いから」ではなく、「そうなりやすい構造の中にいる」から起きていることだと言えます。

自分が悪いんだって思って落ち込むんだけど、結局自分の中でぐるぐると嫌な感情がただ続いて、前へ進む方法が分からなくなることが多かったわ。
もっと自分たちの家族の状況を、客観的にみてみることが必要ということかな。

自分が悪かったって思うのって辛すぎるから、自分はこんなに頑張っているんだから相手が悪いんだって思ってしまって。でも結局は相手に一方的に苛立ちや不満をぶつけるだけで解決には繋がりにくかったな。
悪い人を見つける視点から、
「この家族は、どんな条件の中で今を生きているのか」
と問い直すことができると、問題の見え方は少しずつ変わってきます。
その視点の転換が、次の一歩につながっていきます。
まずは「感じている気持ち」に気がつくことから
家族の中で起きている出来事を前にすると、早く解決したいがために、私たちはつい「どうすればいいか」「何が正しいか」を考えがちです。
けれど、その前に立ち止まってみてほしいのが、自分の中に今どんな気持ちがあるのか、ということです。
腹立たしさ、悲しさ、寂しさ、不安、虚しさ。
きれいな言葉でまとめなくてもかまいません。
「こんなふうに感じてしまう自分はおかしいのではないか」と自分自身を評価する必要もありません。
自分の気持ちに気づくことは、誰かを責めるためでも、答えを出すためでもなく、これ以上自分を追い込まないための作業です。
自分の気持ちに気づくことは、答えを出すための整理ではありません。
解決に向けて課題の整理を始める前に、まず「私は今、こんな気持ちでいる」と立ち止まって確認するための大切な一歩です。

どうしてうまくできないんだろうって、自分ばかり責めてしまう。
でも、間に入ることにただただ疲れていて、私の気持ちに分かってもらえず少し寂しいだけなのかもしれない。

なんで分かってくれないんだ、ってイライラしてしまう。
でも本当は、家族の中で自分の居場所がない気がして、不安なんだと思う。受け入れてもらえないんじゃないかって不安がある。
自分の気持ちに気がつき、少しずつ言葉になってくるだけで、不思議と相手の言動の受け取り方や、距離の取り方に、ほんのわずかな余白が生まれることがあります。
すぐに原因を取り除こうとしなくてもいいし、関係を変えようとしなくていい。
家族を理解しきろうとしなくていい。
まずは、「私は今、こんなことを感じている」と気づいてあげることからで十分です。
そこからが、本当の意味で前に進むスタートになります。


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